phoneemail

    「高千穂鉄橋」保存へ 高千穂町、歩道橋化も検討

    0

    「高千穂鉄橋」保存へ 高千穂町、歩道橋化も検討

    2011年2月18日 | 工藤 ゴウ |ニュース
    Spread the love

    (西日本新聞記事へのリンク)「高千穂鉄橋」保存へ 高千穂町、歩道橋化も検討

    2005年の台風被害で全線廃線に追い込まれた旧高千穂鉄道の高千穂鉄橋について、地元の宮崎県高千穂町は14日、鉄橋を保存して観光活用を目指す方針を固めた。県と沿線3市町が同日開いた会合で、同町が鉄橋を撤去対象から外した計画を提案、了承された。

    高千穂鉄橋は高千穂鉄道の前身の国鉄高千穂線が延伸した1972年に開通。全長352メートル、高さ105メートル。全国一高い鉄道橋として知られ、岩戸川の渓谷を見下ろす眺望が人気を集めた。

    これは宮崎県北の観光スポットとしてぜひ実現していただきたいことですが、
    お金はやっぱりかかるようですね。

    全国の鉄道マニアにとって、あこがれだった鉄橋で、岩戸川水面からの高さが105mと東洋一の高さ。
    高千穂線運行時には、
    この鉄橋の上でゆっくり運転し、まわりの風景を見下ろせるようなサービスもしていました。

    今でこそ、延岡から高千穂までは、何のストレスもなく快適なドライブができますが、
    昔は道が整備されていなくて、この鉄橋の上を通って鉄道で行き来するのが普通でした。

    橋脚部の撤去だけでも数億かかるということですから、
    存続の形で話がまとまってほしいです。

    The following two tabs change content below.
    延友会ウェブマスター。 西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まったという旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 カラオケ等音楽データサービスやWEBデザインなどデジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

    工藤 ゴウ author

    延友会ウェブマスター。 西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まったという旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 カラオケ等音楽データサービスやWEBデザインなどデジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。* が付いている欄は必須項目です