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①「いざ行かむ 行きてまだ見ぬ山を見む このさびしさに 君は耐ふるや」


千葉県安房根本海岸への逃避行の後に、 人妻園田小枝子に宛てた手紙に書かれた恋歌である。

いくつかの解釈がなされているようだが、この歌を素直に読むと、
「さあ行こうよ。行ってまだ見たことのない山を見よう。 この寂しさに、あなたは耐えられるだろうか。」となる。
現代語の訳だと、いまいち前半の 「いざ行かむ 行きてまだ見ぬ山を見む」の畳み込むような迫力が伝わらない。
この部分の「いざ」という語には、勇壮な響きがあり、 「行かむ」「見む」という強い意志を表す語と相まって、
まるで「出陣の時」や「大冒険に出発する時」のような強い語調だ。

ところが、これに続けて牧水は「このさびしさに」と歌う。
勇壮な前半に対する「さびしさ」という語の対比は実にみごとだ。
なんと鮮やかな起承転結の「転」なのだろう。

牧水は前半の「さあ行こう。行ってまだ見たことのない山を見よう。」
という行為を「さびしい」ことだと言っているのだ。

この「さびしさ」は、近代短歌史上もっとも有名な歌のひとつである、
同じ牧水「幾山河 越えさり行かば寂しさの 終はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく」の 「寂しさ」と同義だろう。

旅をせずにはいられないのだが、 その寂しさは終わることが無い。
「旅」とは「旅」そのものでもあるけれど、「人生」でもある。

牧水小枝子に贈ったこの歌に、
「一緒に旅をしよう。旅は寂しいものだけど、あなたはその寂しさに耐えることができるかい。」
つまり「一緒に生きよう。僕とともに生きる未知の人生は寂しいものだが、
あなたは耐えられるだろうか?」 という思いを込めているのだ。

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文責  工藤ゴウ Kudo Go 

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