②「海底(うなぞこ)に 眼のなき魚の棲むといふ 眼の無き魚の恋しかりけり」 「いざ行かむ 行きてまだ見ぬ山を見む」 という求愛の歌を人妻園田小枝子に送った牧水は、 ボロ雑巾のようになって傷心と酒浸りの日々を送る。
小枝子は美人だったので、牧水はそれに振り回された自分の「目」が情けなかった。 自分が目のない深海魚であったならば、「外見の美しさ」に振り回されることも無かったのに・・ という悔恨がひしひし伝わってくる。 「死にがたし われみづからの この生命 食み残し居り まだ死に難し」 自殺まで考えたほどボロボロになってしまったのだ。 「あの男 死なばおもしろからむぞと 旅なるわれを 友の待つらむ」 友人たちも、「死んじゃうんじゃないか」と思っていたようだ。 歌集『路上』前半には、失恋した男の嘆きや孤独感がたっぷり詰まっている。 失恋して泣き明かしたことのある人にとっては、身につまされるような歌ばっかりだ。 「俺もそうだったよなあ」って、 ズキズキする心の古傷を思い出しちゃう人がたくさんいるんじゃなかろうか。
「あを草の かげに五月の地のうるみ 健かなれと われに眼を寄す」 そして、この『路上』後半では、旅で自然の「いのち」にふれることによって、 徐々にではあるが、失恋の傷が癒されていく牧水を感じることができる。 「まさに今人生の路上」という思いのこもった歌集だ。 —————————————————- 文責 工藤ゴウ Kudo Go |